Friday 28 June 2013

よいこを持ったプレッシャー

愛彩は朝から晩まで基本的にハッピー。特に寝起きはすこぶる機嫌が良く、朝ベビーベッドまで迎えに行くと100万ボルトの笑顔で手足をバタバタさせて「うぎぎぎ、うはうはうは」と声に出して挨拶してくれます。また、何がツボなのかよくわからないのですが、時折あまりにハッピーすぎて自分を押さえきれないように、腕をぶるんぶるんふりながらお尻をバタバタゆらして「あは、んま、うーはっ」と歓喜の踊りを踊ります。そして毎日、全力投球で「お母さん、大好き〜!!好き好き好き好き〜!!!」光線を放ってくれています。

「こんなよいこを持った私はなんて幸運なんだ」(←親バカ)と思いつつ、我が子のワンダフルさと、娘からの純真かつ直球の愛情をプレッシャーに感じることも時にはあるのです。

例えば朝、フルスロットルの笑顔で起きた娘を抱っこしながら鏡を見ると、そこには髪はボサボサ、まぶたは半開き、疲れたオバさんの顔をした自分の顔が...。当然、赤ちゃんの肌と比べると、これまた疲れきった肌をしている自分。
「ああ、愛彩は嬉しくてしょうがない様子で一日を始めるのに、なんで私は朝さわやかに起きれないのか。30年後も愛彩には今みたいな調子で一日を始めていてほしいなぁ。私のようにはならないでほしい。はっ!自分がこうなってほしくないという人が母親だなんて愛彩がかわいそう。大人になるのもいいなって思ってもらえるようにがんばんないとダメじゃない。私のバカバカバカ!」(←いや、本当にバカですね)と思ったり。

先日、愛彩を連れて美容院へ行きました。いつもは週末マーティーに愛彩をあずけて行くのですが、美容院側の都合で週末の予約が取れず、現役ママのオーナーさんが、「娘さんを連れてきても問題ないですよ。平日の暇な時なら私がみていられますから」と言ってくださったので、「まあ大丈夫だろう」と連れて行ったわけです。折悪しく、その朝ものもらいができてしまいました。お岩さんのような顔で髪を切ってもらうという時点でかなりブルーでしたが、そのうえ愛彩が前髪を切ってもらってる時にガンガン泣き始めました。前髪を切ってもらっているので抱っこもできず。オーナーさんがずーっと抱っこしてあやしてくれていましたが泣き続ける愛彩。「オーナーさんの親切に甘えて赤ちゃんを美容院に連れて行った私が非常識だった。私のバカバカバカ!」と思いつつ「すみません、すみません」と何回も謝りながら終了。顔がお岩さんなので、髪を切ってもらったのにぜんぜんさっぱりせず。家に帰るとストレスで「甘いものが食べた〜い!」欲求が爆発。が、甘いものを家になるべく置かないようにしているため、めぼしいものが何もない。唯一あったのが赤ちゃんようのビスコッティー。「おりゃ〜!」と赤ちゃん用のビスコッティーを一気食いする私。そんな自分をきらっきらのピュアな目で笑いながら見ている愛彩。「あぁ〜、そんな目で見ないで〜!こんなママは最低だ、バカヤロー。愛彩はそんなに可愛くていい子なのに、ママの私はなんでこんなにダメ人間なんだ。」とかなり落ち込みました。

専業主婦で他に話す人も見てる人もいないので、ブルーになると一人で考えすぎてしまってさらにエスカレートし、「私はこんなに情けない人間だから、大学受験でも第一志望に受からなくて、その後のキャリアも中途半端なんだ」と自分史を顧みながら人生のダメ出し。さらに「このまま情けなく年を取って、後悔ばかりしながら死んで行きたくない」と哲学的に未来を憂う自分。うはははは。一人で落ち込んでる時の自分ってほんっとうにアホですね。

こんなアホは私ひとりかと思って、笑い話としてママ友に話してみたところ、「わかる〜。私もそんな時あるよ!」と言ってもらいました。いわく、自分の子供があまりにワンダフルなので、ネガティブな気分のときなど「自分よりももっと立派な人がママだったらこの子のワンダフルさがもっと十分に生かされるかもしれないのに」と思ったりするそうです。わかる〜!

私が胸を突かれ、時にはプレッシャーに感じてしまうのは、我が子のワンダフルさというより、赤ちゃんの生き方なのかもしれません。いつも、その時その場所を全力で生きていて、隣の芝生は青いと思ったりすることもなく、◯◯さえあれば幸せになれるのになんて考えることもなく。朝は起きてうれしい。ママの顔を見るともっとうれしい。そんなピュアでワンダフルな小さい人に、「世界で一番好き〜!」光線を浴びせられると、ラピュタ城のムスカのように「目が〜、目が〜!」て倒れたくなることもあるわけです。例えが分かりづらかったですかね。ママはパーフェクトとはほど遠いし、愛彩も十代になれば「お母さんみたいにだけはなりたくない」て思うのかもしれないけど、前向きにがんばっていくよ。今日も、楽しく。

Wednesday 26 June 2013

スリング・ライブラリー

スリング・ライブラリーに行ってきました。普通のライブラリー(図書館)は本が借りれますが、スリング・ライブラリーはその名の通り、いろんなスリングが試せて借りれます。使い方なども説明してもらえます。*ちなみに、ここでいうスリングは日本でいうスリングよりも広い意味で、赤ちゃんを抱っこしたりおんぶしたりするためのベビーキャリアー全般のことをさします。

私はママになって初めて知ったのですが、世の中にはびっくりするほどたくさんの種類のベビーキャリアーがあります。そして、コスメや健康器具なんかと同じで「これがいい」といわれると、すぐ違うものを試したくなるんだな〜。私はお祝いにもらった初期のベビービョルンを重宝していました。愛彩が大きくなるにつれ、今持っているベビービョルンが合わなくなってきたので、他にどんなのがあるかなと思ってスリング・ライブラリーに行ってみました。

スリング・ライブラリーは今ではイギリスの各地にあるようですが、最初はひとりのママが私物を貸し出したことから始まったらしいです。私のようにスリングをいろいろ試したくなってしまったママのひとりが、私と違ってお金持ちだったため、いろいろ買って試していくうちに、家がスリングだらけになってしまい、スリングが趣味になり、せっかくだから他のママたちをサポートしよう、とスリング・ライブラリーをボランティアで始めたそうです。

私が行ったスリング・ライブラリーも、ふたりの現役ママが自宅の一室で運営していました。行ってみると、私以外のママやパパと赤ちゃんがすでに6組くらいきていて「人気なんだなー」とびっくり。説明する人はひとりだけなので大変そうでしたが、慣れているのか手際よくグループにして説明してくれました。そんなに広くない部屋で、赤ちゃんの超リアルな人形と生身の赤ちゃんが一緒にごろんごろんいて、ママたちが一斉にいろんなベビーキャリアーを試しているところはかなり見応えのある光景でした。私は長い一枚の布(ほんとうにただの長い布です)を巻いて使うベビーラップに興味があったので、その説明を受けました。ベビーラップに興味があった一番の理由は、他のちゃんとしたベビーキャリアーに比べて安そうだったから(笑)。子供の成長やママのニーズに合わせて巻き方を調整でき、おんぶもできるというのも魅力でした。巻き方を教わってみたところ意外と簡単で、腰にも肩にも負担が軽くていい感じ。

「よし、ベビーラップにしようかな〜」と思っていた矢先に、近所の公園であったバザーで10ポンドで見つけてしまいました!即購入。これから重宝しそうです。

話は少し変わりますが、日本に帰ったとき、親戚の現役ママたちの話を聞いて「日本のママはなんて働き者なんだ」と感激しました。ロンドンでは「ママは授乳とか子供の世話で一日中大変なんだから、パパは仕事で疲れてても、家事や育児を毎日手伝って当然」みたいな雰囲気なんですが、日本では「専業主婦は家事と育児をするのが仕事」ていう共通認識があるように感じました(個人差あると思いますが)。そして、日本のママががんばれる秘訣の一つはおんぶにあり!とちょこっと思ったのです。イギリスではおんぶをするママはかなりマイナーです(アフリカ系のママやスリング通のママなどでおんぶする人もいることいはいますが)。スリングなどで赤ちゃんをだっこしながら掃除・洗濯をするママもたくさんいますが、おんぶに比べるとやっぱりできることが限られます。おんぶだと、玉ねぎだって刻めちゃうし、チャーハンだって炒められるぜ!

今はちょうど愛彩が夢のように手がかからない時期で、おんぶやだっこをしなくてもその辺に転がっててもらえるので、家事ができない言い訳がなんにもないんですけど、これから愛彩が動き回るようになっても、おんぶできればなんだってできるぞ、と強気で家事などがむばります。

Friday 21 June 2013

じーちゃんばーちゃん

私は5人姉弟の4番目。当然、母は赤ちゃんのエキスパートだと知っていましたが、今回の帰省で意外と父がものすごーく赤ちゃんの扱いが上手なのをみてびっくりしました。考えてみれば、父だって5人の子供を育てたんだからベテランです。

例えば、愛彩がぐずっている時、抱っこするのはいつも私でした。マーティーでさえ、「ダディー=楽しい人=刺激」と思っているのか、ぐずっているときに抱っこしてあやそうとすると、「もう刺激はいらーん!眠いんじゃ〜!」とばかりに号泣(最近はそうでもなくなりましたが)。でも、私の父、じーちゃんが抱っこすると、ほーっとした顔になり泣き止む愛彩。時には、私が抱っこしても泣いているのに、じーちゃんが抱っこすると泣き止んだり。じーちゃんのマジック・ハンド!
「だまって抱っこしとらんで、立って歩けって言いよらすとさ(言ってるんだよ)」と実用的なアドバイスをくれる父。おハシと豆腐で愛彩を離乳デビューさせたのも父でしたし、氷が入った水を愛彩に飲ませてて「冷たすぎるばい」と冷静にツッコミを入れてくれたのも父でした(っていうか気づけよ、私)。じーちゃん、意外とイクメンだったんだね。そういえば、何も言わずにさりげなく人を助けるタイプの父だったなぁ〜と、父との思い出がよみがえってきてじーんとしました。帰省中はいつも助けてもらいました。

母と愛彩は、会った瞬間から仲良し。お母さんっていつまでたってもやっぱり特別な存在です。自分がお母さんになってから特に、私自身が「お母さーん」と母を必要に思うことが多くなりました。いつもは遠くに離れていても、どこかにいるってだけでなんか安心します。私の祖母は両方とも他界しているので、私の母には「お母さーん」と呼べる存在の人がこの世にはいません。自分の「お母さーん」がいない世界で、子供の「お母さん」であり続けるのってどんな気持ちなんだろうと思ったりします。心細かったりしないものかなぁ。

さて、今回の帰省中、2番目の姉が子供3人(ほぼ3歳の双子ちゃんと生後4週間の新生児)を連れてじーちゃんばーちゃんの家に帰ってきてくれました。そのにぎやかさよ...。まさにカオス。姉は夜通し授乳してろくに寝ていないのに、朝早くからわんぱくな双子ちゃんの相手をしながら、家事をこなしつつ、新生児をほぼ毎時間のように授乳&オムツかえ&抱っこ。アンドロイドか?と思う働きぶりに「子供ひとりの面倒を見るくらいなんてことないな」と思ったのでした。(それでも、ヘタレの私は夫に「疲れた」とか「家事が大変だ」とかブーブー文句言ってるんですけど。)

人がワイワイたくさんいるのはやっぱりいいなと思いました。5人姉弟のうえに、叔父さん叔母さん、いとこたちと、大家族で育った私。豊かな子供時代をおくったなあと思うので、愛彩にもなるべく同じような環境を与えてあげたいと思うのです。でも、いくらマメにママ会などに参加したりお友達になるべく会わせたりしていても、基本はママと二人の愛彩。ロンドンではママしかそこにいないから、「ママ、ママ」とかまってほしいサインを出しますが、実家だと何も言わなくてもいろんな人がかまってくれる。直接かまってくれなくても、いろんな人がいろんなことをしていろんな音をだしている。特に他に子供がいるとずーっとにぎやか。そういう環境だと赤ちゃんってちゃーんと一人で観察して遊んで学んでいくようで、愛彩も私がかまわなくても平気なようでした。ロンドンの小さいフラットだと、愛彩にあんまり干渉せずに自由に遊んで学んでいってほしい反面、こちらから刺激を与えてあげないといけないかななどと毎日考えるのですが、実家だとそんなこと全然考えませんでした。ただそこにいるだけで刺激だらけですからね。そもそもそんな暇なかったし。刺激だけじゃなくて、愛情も本当にいっぱいもらって育ったなぁと思います。離れていてもたくさんの人から愛されて育ってるんだよーと愛彩に知っててもらいたいです。今回の帰省でお世話になった、じーちゃんばーちゃん、姉ちゃん、弟、叔父さん叔母さんに従兄弟(従姉妹)、親戚一同+ご近所のみなさま、ほんとーうにありがとうございました!

そんなカオスな実家から帰りのフライト。いろんな人に「一人でお子さん連れて大変ですね」て親切な声をかけてもらったんですが、「子供が一人だとなんて静かで平和なんだ...」と楽勝さをかみしめていました。

じーちゃんのマジックハンド

Friday 7 June 2013

いろんな涙の結婚式

姉の結婚式に合わせて日本に帰省したのですが、大人になってから日本の結婚式に参加したのは実は2回目。もう一人の姉の結婚式以来、10年ぶりの日本の結婚式でした。ひとくくりに日本の結婚式といってもいろいろあると思いますが、今回の姉の結婚式(&披露宴)はいい意味でいろいろな「日本っぽさ」がいっぱいの結婚式だと思いました。

なにがまず日本っぽいと思ったかというと、至れり尽くせりの段取りの良さ。私みたいにあんまりマナーとかわかってないぼーっとした人間がふらりと参加しても、最初から最後まで楽しく過ごせて、恥もかかないように、ちゃんといろいろ考えてありました(姉が陰で細かいところまで準備してくれてたのかもしれないけど)。ケーキ入刀とか新郎新婦のビデオとか写真撮影とか、「はい、これからこんなことやりますよ」てのがアホでもわかるようにちゃんと段取りされているというか。お料理や飲み物もナイスなタイミングでずっとでてきますし。みーんなが楽しめるようにいろんなことが隅々まで配慮されてるなぁ〜という印象を受けました。ハイチェアーも、赤ちゃんがそのまま眠れるように、クッションとリクライニング機能が付いたもので感激〜!

自分が赤ちゃんを育てるようになるまで、赤ちゃんは理由もなく四六時中泣くもんだと思っていたんですが、実はそうでもないですよね。赤ちゃんが泣くのには理由があります。結婚式など人がたくさん集まる場所で、必ずといっていいほど赤ちゃんが泣くのは、大抵の場合「お昼寝できなくて眠いから」なんじゃないかと思います。愛彩の場合は時差ぼけもあって、結婚式の日は一日中ぐずってました。ハイテク☆ハイチェアーのおかげでちょっとは寝れたとはいえ、赤ちゃんにとってはハードスケジュールだったでしょうね。でも、そういう日もあっていいのだ。私はというと、親戚の方々が代わりばんこにぐずる愛彩を抱っこしてくれたおかげで、娘をほったらかしてパーティーの激ウマ料理をゆっくりたっぷり(両手で!)堪能し、両家の親戚の面々とおしゃべりして楽しみました。

引き出物も日本ならではですよね。きれいな箱に入ったお菓子と一緒にカタログが入っていました。出席者は後でカタログの中からなんでも選んでもらえるというしくみ。私は今回初めて、こんなしくみがあることを知りました。主催する側にとっても悩まなくてすむし、出席する側にとっても好みに合わないティーセットとかもらうよりも嬉しいですよね〜。こんなところまで痒いところに手が届くサービスがあるのも日本っぽいなと思いました。他の国でもやってるとこあるのかな?

キリスト教徒じゃない新郎新婦が教会で式を挙げるというのも、日本ならでは。おそらく、なんちゃって仏教徒であろう新郎新婦が、キリスト教の神父さんの前で人生最大の誓いをかわすのを見て一抹のシュールさを感じましたが、とってもいいお式でした。仏様もキリスト様も、宗教を超えて人間が仲良くしているほうが、きっとうれしいでしょう。

メルボルンとロンドンといういろんな人種がいる都市に住むようになって10年以上になりますが、私は「誰が何人か」というのがあまり気にならなくなりました。そのせいか、今思えば明らかに南ヨーロッパ系の神父さんのことを「顔がすんごい濃い日本人だなぁ〜」と思っていました。「袈裟が似合いそうなしょうゆ顔の日本人が神父さんだと感じがでないから、結婚式場と隣接してる教会なんかだと、いかにも神父さんやってそうな顔の神父さんを優先的にリクルートするのかな」と非常に不謹慎なことを考えてました。なので、神父さんがなまりのある日本語でスピーチをするのを聞いて「はっ!日本人じゃなかったのか!」とびっくりしてる自分にびっくりしました。

それから、新郎新婦による両親への手紙っていいですよね〜。花嫁が涙し、花嫁の父母が涙し、花嫁の姉弟が涙し、花嫁の手紙で花婿の家族も涙。私は結婚式や卒業式などで涙を流さない薄情なタイプなのですが(ちゃんと感動はしてるんですよ〜)、愛彩が嫁に行くときはさすがに泣くのかなぁ〜なんて思いました。結婚式でいろんな人(特に花嫁とその両親)が涙するのは、日本でも海外でも同じだと思っていました。が、今まで参加した結婚式を思い返すと、海外だと泣かない花嫁もけっこういたかも。もしかして結婚式で涙するのも日本ならではなのか?日本の結婚式でも泣かない花嫁はけっこういるのか?不謹慎な疑問はいつまでも続く...。




Saturday 1 June 2013

初めての食べもの

愛彩が初めて口に入れて飲み込んだ食べ物は、図らずして豆腐でした。しかも、スプーンじゃなくておハシで!日本に帰省していたとき、父がよく愛彩の面倒をみてくれたのですが、ご飯の間もずっと膝の上にのせてくれていて、ちゃぶ台の上にあるものをなんでも手でつかんで口に入れようとしていた愛彩に、おハシでひょいっと豆腐を口にいれてあげたところ、「なんだこりゃ?」というビミョーな顔でもぐもぐしたあと、ごっくん。その後、あは〜んと満足げな笑顔。

それまで、つかみやすい大きさに切ったバナナや、ゆでたブロッコリーやニンジンなどをあげたりしていましたが、どれも喜々としてもぐもぐした後に笑顔でオエーと吐き出していました。「そのうち食べるようになるだろう」と思っていましたが、いきなり豆腐で離乳デビューするとは!日本人のアイデンティティはあなどれません。

愛彩の離乳は、ベビー・レッド・ウィーニング(Baby Led Weaning略してBLW)という方法でやっています。直訳すると「赤ちゃん主導の離乳」。スプーンで赤ちゃんに食べさせるのではなく、赤ちゃんが最初から自分で食べるように促すやり方です。最初はスプーンなどが使えないから手で、スプーンなどが使えるようになったらスプーンで、赤ちゃんが最初から「自分で」食べるようにします。実際にこのやり方で離乳をしたママ友から、その名もベビー・レッド・ウィーニングという本を勧められて、「おぉ、これだ!」とあっさり感動し(←非常に影響を受けやすい32歳女子)、この方法でやることにしました。

いわゆる「ふつう」の離乳だと、最初に食べさせるものは液体やピュレー状のもの。そして、最初はフルーツや野菜で慣れさせた後にお魚やお肉、などいろいろ段階がありますよね。BLWの場合、離乳を生後6ヶ月まで待って、最初から大人が食べる状態のもの、例えば茹でたブロッコリーなら茹でたブロッコリーをそのまま赤ちゃんにあげます。お魚やお肉も最初からあげます。パンやご飯もそのままの状態であげちゃいます。生後6ヶ月経っていると自分で食べ物を手でつかんで口に入れてもぐもぐできますよね。歯がなくても噛めるの?と最初は思っていましたが、歯茎で意外となんでも咀嚼できるみたいです。

「ふつう」のやり方とあまりにも違うので、自分自身ですら「大丈夫なのかな?」と思ったり、他のママにびっくりされたり。特に日本に帰省中はあんまり理解が得られませんでした。また、ちゃんと本を最初から最後まで読まずに、イントロだけ読んで適当に始めてしまったため、いろいろ間違ってました(←おいっ)。でも、ちゃんと本を読んでみて、やっぱりBLWでいこう!と思いました。

BLWにしようと思った理由はいろいろありますが、一番の利点は離乳が「楽しい」ことかも。今まで、私は愛彩が寝ているときによくお昼を食べたりしていましたが、今は愛彩をハイチェアーに座らせて、一緒にランチをします。愛彩は先日、ローストして冷ましたズッキーニを手でつかみ「あぅあぅあぅあぅ」ときゃわいい声をだしながら噛み噛みし、柔らかい部分だけをごっくんした後、固い皮の部分をぺっと口から出し、手で床に落としていました。「我が子は天才か!?」と思った瞬間でした(いやもう、アホですんません)。
また、愛彩にとっても、食べ物は何よりのおもちゃ。他のおもちゃと違って、つかんだり噛むことによって形状が変わります。最初はひとつのかたまりだったものが、バラバラになったりペースト状になったり。触った感触も、カサカサ、ぐちゃぐちゃ、ベトベト、ツルツル、ぬるぬる、ふわふわなどいろいろ。最初はカサカサだったのに噛んだらぐちゃぐちゃになったり。味も甘かったりすっぱかったりいろいろ。どんなおもちゃと遊ぶよりも刺激が多いんじゃないでしょうか。

おっぱいじゃない食べ物が食べれるようになるのは、成長の大きな一歩。食べるということを通じて、愛彩が日に日に(本当に、毎日のように)新しいことができるようになるを見るのは本当に嬉しいし楽しいです。その反面「おっぱいがいらなくなる日も近づいてきたんだなぁ〜」とセンチメンタルな気持ちになることも。授乳、好きなんだよ〜。かわいい子よ、もうすこし吸っててくれ。